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猫の爪痕 犬の牙(高上+上官本線)

> 痕をつけるっていう行為には当然の如く萌えるけど、逆に痕をつけてもらえないことに悶々とする受けとかいいと思うんだけどどうだろう

という様なツイートをしたら三夜氏が高上でどうだろう!って言ってくれたので書いてみた。
…はずだったんだが…!!
気付いたら上官本線でした。
今起こったことをありのままn(
どうも高上を書くときは上官本線と対比させたくなるらしくてですね。
東北組は態度で惚気るので正直周りにいる人間はたまったもんじゃないだろうなぁ、っていう。
逆に高上ははっきりと言葉で惚気ると思う。
お互いにお互いが羨ましいと感じてるといい。っていう話です。





***




腹の底からどろりと溢れたそれは嫉妬ではなく羨望だった。




上越が戻ってきた時部屋にいたのは東北と長野で、テーブルの上に置かれたそれが妙な存在感を醸していた。

「何、どうしたの?救急箱なんて」

緑色の蓋を開けて様々な常備薬と応急手当てのできるグッズが詰め込まれたそれに上越が首を傾げると、長野が眉を顰めたまま事情を話してくれた。曰く。

「猫に噛みつかれたそうです」
「猫?」
「はい。光るものが好きなのはカラスだけじゃないんですね」

言いながら長野が手を伸ばしたのは東北の右耳で。いくらなんでもそこを猫に噛まれるというのは無理があるのではないかと思う。痛々しく裂けて、膿んでいるどころかじわりと血の滲み出しているピアスホールに思わず目を細める。猫なんて可愛らしいものじゃなく、本当は食い千切ろうとしたんじゃないだろうか、あの可愛げのない部下は。

「飼い犬じゃなくて飼い猫に噛まれちゃったわけ」
「飼い猫なんてポジションに収まってくれたらありがたいがな」

相変わらずの無表情の下に、けれど明確な欲を湛えたそれに上越はわかりやすく嫌悪を示して見せる。

「あー、やだやだ。凶暴な猫に懐かれて鼻の下伸ばしてるなんて、君って真性だったわけ?」
「懐かれてるんですか?」
「そうだよ長野。東北はね、自分のこと引っ掻いたり噛みついたりする猫が大好きなんだ」
「それは何だか痛そうです…」

消毒液を浸み込ませた脱脂綿を右耳に当てれば、相応の痛みにピクリと眉を動かす。痛いですか、ごめんなさい、と手当をしている長野の方が涙目になりつつある。

「いいんだよ長野、痛い思いさせてやれば。それで喜ぶんだから」
「えぇ!?」
「別に喜びはしないが、長野、そのまま続けてくれ。終わらせないと業務に戻れない」

どんな顔で噛みついて、どんな顔でそれを受け入れて。想像したいわけではないが、目の前の同僚が想像以上に独占欲が強く執着心が強いことを上越は知っている。自分に関係ないと思えばとことん無関心だというのに、一度興味を持てば面倒なまでにその執着心を発揮して、他に向けない分タチが悪い。どんな顔をして、この同僚は。

「上越。嫉妬するのは勝手だが、やらんぞ」
「要らないよ!君の思考回路どうなってんだよほんとに!」

何を勘違いしたのか、しれっと言ってのける東北に思わず声を荒げると、長野がおろおろとした表情で二人の顔を見比べる。続けてと押さえつける様に長野の頭に手を乗せると、納得しないような表情で、けれど大人しく手当てを続ける。

「そんな凶暴で可愛げのない猫、気に入ってるのは君くらいだよ」
「そういえばお前は犬派だったか」
「…何それ」

唐突な言葉に上越が不機嫌を隠すつもりもない顔を向けると、違うのか、と質問なのか結論なのかよくわからないトーンで返される。

「噛みつかない、爪もたてない。従順に後ろをついてきて、素直にじゃれつくような犬が好みなのだろう」

それは珍しく、東北の応酬であると知る。幾ら暑いとはいえシャツを全開にして歩ける上越の肌は相変わらず白い。傷一つなく。東北が愛でるそれよりも余程素直な情人の、その手綱をずって握っているはずの上越の肌は綺麗なままだ。

「…長野、その消毒液頭からかけてやったらいいよ。服の下も傷だらけみたいだから」
「え!東北先輩、大丈夫なんですか…?」
「心配するようなものではない。手を煩わせたな」
「いえ、僕は別に…本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」

傷だらけと言った上越の言葉を否定もしない。終わったなら行くよ、と救急箱を片付ける長野に声をかけると、はい!とそれこそ子犬のように嬉しそうな表情をして、そういえば自分の周りにはこんなのばかりだなと嘆息した。





暑い、と今更といえば今更な愚痴を零して宇都宮は詰襟のホックをはずす。既に制服どころかシャツのボタンも全て外してソファにぐったりと沈んでいた高崎はぼんやりとその顔を見上げた。言葉通り暑いのだろう、上気して赤い頬に額から汗が伝い落ちる。

「休憩室でくらい制服脱いでいいんじゃね?」
「…そうだね」

高崎にとってそれは特別な提案ではなかった。高崎自身の今の恰好が相当酷いのだ。宇都宮が上着一枚脱いだところで、それでも第三者から見ればだらしないのは高崎の方だろう。高崎の言葉に少しだけ微妙な表情を作り、それがなんなのか高崎にはわからなかったが、オレンジ色の制服をばさりとソファの背にかける。白いシャツは汗で肌に張り付いていた。

「あ、アイスある。食べる?」
「まじで。名前書いてねー?」
「書いてないからいいんじゃないかな」

備え付けの冷蔵庫からぽいと放られたミルクのアイスバーを受け取って、バリバリと乱暴に包装を剥がす。下の上でじわりと溶けるミルクアイスは冷たく、けれど甘過ぎる、と高崎は少しだけ眉を顰める。

「そんな顔するくらいなら最初から食べなきゃいいのに」
「だってお前、何味とか言わなかった」
「食べる前に確認しなよ」
「暑いんだよ」
「知ってる」

高崎が甘いものが苦手だと知っているくせに、宇都宮がまるでそれを知らないかのような態度をとるのはいつものことだ。自分の直属の上官と、まるでよく似た嫌がらせ。それがスキンシップの一つだと知っているからある程度は諦めるしかないのだろうが。

「お前さ、暑いならボタン一つくらい外してもいいんじゃね?」
「…外せるなら、外してるよ」

溜息と苦笑の混じった宇都宮の返事に、先ほどと似たような違和感。けれど先よりは明確になった言葉に、食べかけのアイスを片手に宇都宮の横顔を眺める。何、とこちらを向いた視線はいつものそれで、相変わらずよくわからないと高崎は唇を尖らせた。

「シャツ開けらんねぇ理由でもあんのか?」
「あるから開けないんだよ。高崎は意外とそういうことないんだよね」
「意外とって何だよ。つーかシャツ開けらんなくなるような理由って」
「思いつかないのが君らしくていいと思うよ」

どこか馬鹿にしたように言うから、何だよと睨みつけると、ぽたりと腹の上に冷たい感覚。

「うわっ」
「あーあ、早く食べないから」

持っていたミルクのアイスが溶けて乳白色の滴が肌の上を滑る。考え事なぞしていたせいで、アイスを持っていた右手も気付けば大惨事。うわわ、と慌てる高崎をよそに馬鹿だねぇと笑う宇都宮は自分のアイスを既に食べ終わっている。それほど大きくないとはいえ早くないかと溶けたアイスでべたつく右手をべろりと舐めると、何とも愉快そうにケタリ、笑う。

「犬みたいだよ、高崎」
「うっせ、ちょ、マジすげぇ溶けて…って、おい!」

手首まで流れ落ちるそれがソファや床に落ちる前にと舐め取る高崎の足元。ソファのすぐ脇に膝をつき、だらしなくシャツの開けられた高崎の腹に触れた冷たく滑る宇都宮の舌が。

「な、にしてんだ、おま」
「君の真似」

つぅ、と臍から筋をなぞるように動くそれに、ぞわりと背筋を駆けあがる寒気に似た何か。甘い、と悪戯に笑ってみせる表情は一瞬自分の上司を彷彿とさせる。顔のつくりが似ているわけでも、その声が似ているわけでもないのに。揶揄うような表情の作り方はあまりによく似ていて。

「何想像したのさ、えっち」
「違っ…って、いや、その」
「あんまりやられっぱなしだと、飽きられるよ?」

まぁ僕には関係ないんだけどね、と笑いながら、ほんの少しシャツの襟元を緩めたそこに散らされた赤に、くらりと目の前が揺れる。シャツを開けられないと宇都宮が言ったその理由が、あまりにも糖度が高く、中てられたというよりも何か別のものが溢れる様な気がして。そんな趣味の悪いやり方できるか、と落とすように呟けば、喉を鳴らして笑われるだけだった。




仕事上がりにタイミング良く一人でいた高崎を捕まえて部屋へ連れ帰る。おいでと笑えば、困ったような顔をしながらけれどどこか嬉しそうについてくる。そのままベッドに押し付けて、しようか、と唇を重ねれば唾を飲み込んで喉仏が上下した。

「ねぇ、高崎」
「はい」

そろりと伸ばされた手が、小さく震えながらシャツのボタンを外していく。高崎の行為はいつでもそうだ。壊れものに触れる、腫れものに触れる、そういうレベルではない。上越が上官であるせいもあるのだろうが、不要なまでに怯えながら、恐る恐るといった体で触れるのだ。経験が無いというわけではなく、それはひとえに高崎の性格なのだろうと知っている。けれど。

「高崎って、こういう時いっつもビクビクしてるけど、何で?」
「う、ぇ?」
「僕に触るの、そんなに怖いの?」

高崎の頬を包むように掌で触れ真直ぐにその瞳を覗き込むと、怯えたように視線が揺れる。

「言ってごらん、怒らないから」
「い、え…あの、俺…」

俺は、とその後の言葉は続かない。パクパクと開閉する唇はいっそ滑稽で、どうしてやろうかと上越が思案していると、絞り出すように落ちた高崎の言葉は想像の斜め上で。

「上越上官は、俺だけのものではないので」
「は?」

質問に対する答えになっていない。どういうこと?と首を傾げると、あの、だとか、えっと、だとか口下手な彼らしく酷く困惑しながらどうにか続ける。

「上越上官は、俺がこういうことするの嫌がらなくて…その、俺は、上官のこと好きなので、したい、とも思うし…その、上官からこうやって…誘っ、てくれるのが、嬉しくて。でも、上官は、俺だけのものじゃなくて…上越上官のこと好きなのは、俺だけじゃないし、憧れるやつはいっぱいいるし…俺ばっかりが、こんな風に上官に触れるのは、狡い、と…思うんです」
「…何、君は君以外の誰かに僕が抱かれればいいとかいうわけ?」
「違います!そうじゃなくて…その、俺だけ特別みたいで、緊張する、っていうか…」
「特別だよ?」

今更何を言っているの、と言ってみせれば驚いたような顔をして、そうしてまた困ったような顔になる。困りたいのはこちらだ。女の様な顔だと言われることが少なくないが、これでも上越は列記とした男だ。男が男に抱かれることが特別でないなら、自分はどれほど尻が軽いと思われているのか。冗談ではない。

「特別でもない相手に抱かれたりしないし、誘ったりしないよ。君が僕を好きだと言って、僕も君を好きだと言った。それだけで僕にとって君はそれなりに特別なんだけど、君はそうじゃないの?」

そう言ったのだ。俺は上官が好きです、と。そういう意味で好きだと言ったその言葉に、ありがとうと言って、僕も好きだよ、と、そういう意味で好きだよ、と返したのは自分なのだ。少なくとも上越にとって、高崎は十分過ぎるほどに特別な位置にあるのだ。

「僕は、君に好きだと言われて君に好きだと言った日から、特別だと思ってたんだけど、君は違うみたいだね」
「っ…違う、というか」
「違わないなら、何なの?痕の一つも残したがらないくせに」

筋違いな攻撃だと知っている。けれどそもそも、きょう高崎を引っ張ってきた切っ掛けは、きっとそれなのだ。認めたく無くても、まるで自慢するように情事の痕を色濃く残して隠すこともしないその同僚に腹が立ち、その揶揄に言い返す言葉もなかった自分が情けなかったのだ。噛みつかない、爪もたてない。従順に後ろをついてきて、素直にじゃれつくような。

「君と二人きりの時間は、君に抱かれてるその瞬間は、君だけのものじゃないの」
「上官…」
「僕は、特別でもない相手に、こんなこと許したりしない」

言って高崎の顔を引き寄せる。びくりと跳ねた肩を抱くように手を滑らせ、襟の緩められた首元に唇を押しつけると、上官、とか細い声が聞こえた。

「君は、僕を一人占めしたいなんて、そんなこと思いもしないのかな」
「……」
「僕は君を一人占めしたいと思うこと、あるのに。まるで僕の片想いみたいだ」
「ちが、う、んです」

じょうかん、とまるで泣きだしそうな声で高崎は言う。冷房の効いている部屋の中でも元来の体温が高いのだろう、触れあっているせいかもしれない、高崎の肌はじんわり汗ばんで、その首筋に歯を立てると、びくりと肩を竦めた。

「俺、は、頭悪いから。きっと、手加減とか、できなくて…上官は、こういうの許してくれるけど、俺は多分、その、上手でもないし」
「知ってるよ、そんなの」

噛みついた痕をなぞる様に舌先で辿る。微かに肩を震わせたが、先ほどよりは大人しい。

「上官を、俺だけのものだ、なんて、主張していいのかも、わかんなくて…傷付けるのも、嫌で…」
「主張してよ」
「…でも」
「してほしい」

ねぇ、高崎。甘く聞こえただろうか。その形のいい耳のすぐ傍で、囁くように呟いてみる。ねぇ、高崎。

「手加減なんてしないで、野生に戻っちゃえばいいよ」

犬なんて言わせない。首輪をつけて鎖でつないだとしてもできることなら、もっと獰猛な、たとえば、狼。なんて。

「上官、あの、俺、本当に…」
「嫌なの?」
「…明日、シャツ脱げないと思いますけど、いいですか?」
「ふふ、いいよ」

狼というにはまだ少し足りない、けれど確かに肉食獣の目をした高崎がただ愛おしくて。欲しいと顔に書いた恋人に、柔らかくキスをする。まるでそれが始まりの儀式かのように。上越が知らなかった、というよりは、知っていて見ないフリをしていたのかもしれない。高崎がどれほど上越を欲しがっているか。上越が上司であること、好意を向けることの罪悪感、己に向けられたものに対する自信の無さ。そういうものが重なって、がっついてしまいたいのを、抑え込んでしまっていたのだろう。

「俺は」
「うん?」
「上越上官が、好きです」
「うん、僕も君が好きだよ、高崎」

強く掴まれた肌の熱さも、噛みつくような荒さも心地いい。もっと欲しくなる。もっと欲しがって。溺れて、溺れさせて。言葉にならない衝動は、合わせた体の奥、弾けるように溶けて、溢れた。





「あのピアス、食い千切ろうとしたの?」
「何の話です?」

のし、と肩に乗る重量に宇都宮が顔を顰めると、柔らかな黒髪が頬を擽った。

「猫に噛みつかれたって嬉しそうな顔してたからね」
「では猫に噛みつかれたんでしょう。光りものの好きな猫もいるかもしれませんよ」
「君は相変わらずだね」

背中にぴったりと張り付いた上越を剥がそうと、宇都宮はさりげなく体勢を変えるが、絡みつくように腰に回された腕がそれを許さない。人に嫌がらせをすることを生きがいにしている様な男だ、相変わらずそつが無いというか何というか。

「素直に外してって言えばいいのに」
「ですから何の話ですか」
「素直じゃないなぁ」
「あなたにだけは言われたくないですよ」
「僕ほど正直者もいないと思うけど」
「正直と素直は違いますよ」

可愛くない、とお互いに内心で思いながら、表面上はにこやかに会話する二人の周囲にはあからさまに黒いオーラが漂っていて、近づくものはいない。仲がいいのか悪いのか、テンポよく舌戦を繰り広げる二人に、東北と高崎は殆ど同時に声をかけた。

「上越」「宇都宮」

意図していたわけではないのだろうが、自分たちを呼んだ声が酷く不機嫌でそれぞれが満面の笑みを貼りつける。宇都宮からするりと離れて東北の右側に、当たり前のように並ぶ上越に宇都宮は少しだけ視線を険しくして、立ち去ろうとする背中に声をかける。

「そういえば上越上官、今日はセクハラまがいの恰好ではないんですね。飼い犬にでも噛みつかれましたか?」
「ふふ、遊んでっていうから遊んであげたんだよ。可愛いからついつい甘やかしちゃうんだよね」
「そうですか」
「そうだ宇都宮。僕、さっき少し意地悪なことを聞いたかもね」
「何のことでしょう」
「猫が光りもの嫌いって、知ってるんだよ、最初から」

だから君にも首輪は付けられないんだろうねぇ、とけらけらと笑いながら東北の腕を引いて去っていく。隣で赤くなったり青くなったりしている高崎を、思わずバシリと一発殴り、戻るよとその首根っこを捕まえる。苦しい、離せよと喚く声は聞こえない。鈍く光るそのピアスを、外してくれと口にしたところで外さないことは知っている。ならば繋ぎとめる何かを自分に埋めるわけでもなく。片割れのような存在まで、心ごと簡単に攫われて。

「冗談じゃないよ、まったく」
「何がだよっ…おい、宇都宮!痛ぇって!」
「君がさっさと愛想を尽かされればいいって話だよ」

君たちよりも平穏でラブラブだよ、と、まるで女子高生の携帯メールの様な幼稚な惚気に、中てられたなどと思いたくもないのに、腹の底で焦げ付くように燻ぶる想いは宇都宮の持ちえない物に対する。




腹の底からどろりと溢れたそれは嫉妬ではなく羨望だった。




***



最初と最後の分が一緒ですが、最初は上越、最後が宇都宮です。
痕つけたり付けて貰えたりしていいなーっていう上越と、臆面なく惚気られる可愛い恋愛をしてのをいいなーって思う宇都宮。
恋愛度としては間違いなく高上の方が強いと思いますよ、えぇ。
何せ高崎がメロメロだからなぁ…www

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