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リボン(F+Y+西池)

これも去年書いてたもの。
副都心の誕生日話。
ほんのり副都心*西池風味。
ツンデレを目指して失敗した。


***



メトロの人々は祝い事が好きだ。祝い事というよりは、祭り事が好きなのだろうと思う。何せ丸の内の手綱を握る銀座さまがそうなのだ、メトロのこの気質は仕方ない。そういうわけで、本日めでたく開業二年目になる自分もしっかり祝われることが決定している。できるだけ残業はせずに上がって来いと、真面目だけが取り柄のような先輩が言うのだ。仕事より祝い事が大事だなんて時代錯誤もいいところだが、祝ってもらうのは自分なのだから有り難く頂戴しておく。

「副都心」

不意に後ろからかけられた声に振り替える。平日昼間の池袋。梅雨入りの宣言された東京は、東京といえど傘を持ち歩く人の姿が増えている。雑踏の中、それなりに目立つ金髪に青いコート。

「おや、西武池袋さん。相変わらず暑そうな格好ですね」
「有楽町は一緒ではないのか?」

西武グループの中でも絡むことが一番多い池袋線。不遜な態度は相変わらずで、挨拶代わりの軽いジャブはあっさりと流される。

「先輩ならそちらにいるんじゃないですか?連絡があるとか何とか言ってましたし」
「そうか。ならば西武有楽町のところか…」
「急ぎでなければ伝言くらいしますけど」
「…貴様に借りを作る気はない」

業務連絡なら借りのうちにも入らないと思う、というのはとりあえず言わないでおく。ふいと逸らされた視線は拗ねているように見える。きっと連絡というよりは有楽町に会うのが目的の半分だったのではないだろうか。愛されてるなぁ、と若干の嫉妬を含みつつ、けれど自分も愛してやまない苦労性な先輩の顔を思い出す。

「先輩のことは気にするんですよねー、池袋さんは」
「気になどしていない」
「即答するあたりバリバリ意識してますよ」

それほど柔らかいわけでもない頬を指先でつつくと、バシと乾いた音を立てて手が払われる。金色の瞳が、とは言えそれはコンタクトの色なのだが、じろりとこちらを睨みつける。それなりに敵意をもった視線であるはずなのに可愛く見えるのは自分の感性がおかしいのだろうか。

「先輩のついででいいんで僕のことももうちょっと意識してくれたら嬉しいんですけどねぇ」
「ふん、貴様など気に留めるにも値しない存在だということだろう」
「あ、ひどいですねー。何も今日そんな辛辣な言葉をくれなくてもいいじゃないですか」
「貴様の開業日だからといって私が優しくする理由がどこにある」

アレ、と思わず固まる。はっきりと不機嫌を表した西武池袋の表情が、笑みとはいえないまでもほんの少しだけ緩む。

「それくらい覚えている。当然だろう」
「…当然、ですか」
「当然だ」

いつだったか有楽町に聞いたことがある。西武は、というか西武池袋の見るものは2つしかないのだと。世界と、堤氏。それらは平等に半分でなくてはならず、既に見るものの無い片目は隠しているのだと。残った片目に映る、その世界の中に。当然と言わせるだけのポジションに自分の存在があることに、純粋に驚いた。それはきっと、西武にとって敵が増えたという程度の認識なのだろうが、それでも。

「おめでとうとでも言って欲しかったか?」
「言ってもらえるなら嬉しいですけど」
「下らん」

まだ仕事中だろう、と言い放ち、あっさりと背を向けて去っていく青いコート。有楽町を探しに地下に降りて行ったのだろう姿を見送り、自分の口元が弧を描くのがわかる。思ったより脈はあるじゃないか、と。思わずスキップしそうになる足を叱りつけ、残りの仕事を片付けるべく自主休憩という名の逃避行を終了する。今夜はきっと普段より美味しいケーキが待っているはずだ。





「池袋。お花でも買うんですか?」

駅内部にある花屋は思い付きのプレゼントにも対応できるように切り花が多い。当然ブーケにでもするのだろうが、西武池袋には当面花束を贈りたい相手などいない。堤氏にはいくら愛を捧げても痛いことなど無いが、今更花束など贈ったところで喜ぶ方でもないだろう。

「いや、そういうわけではな「池袋!」

西武有楽町の問いに答えようと発した声に被って自分を呼ぶ声。顔を上げれば、小走りにこちらへ寄ってくる有楽町の姿があった。

「さっき何か俺のこと探してたんだって?副都心から聞いたんだけど」
「別段急ぎの用ではない。まぁついでだ、渡しておく」

言葉通り急ぎでもない書類を渡すと、ならいいんだけど、と安心したように息を吐く。ふと見れば、その手にはそれなりに大きな白い箱の入った紙袋。誰がどう見てもそれは、ケーキの入った箱だ。

「今日は何かのお祝いなのか?」
「ん?あぁこれ?今日は副都心の誕生日だからね。去年は銀座が買ってくれたんだけどさ…あんなんでも俺の後輩だし、今年は俺が用意するって言っちゃったんだよね」

紙袋を覗きこむ西武有楽町は純粋そのものだ。あとでカットのケーキでも買ってやろうと思いながら、あの副都心が素直にショートケーキを食べている様を想像して何とも複雑な気分になった。似合わない、というのが素直な感想だった。西武有楽町と話しているのを聞けば、誕生日は必ず苺のショートケーキなのだという。営団というのは一々お気楽な集団だ。カールした水色のリボンがお気楽さに拍車をかけているようにさえ思える。

「…そのリボンは」
「え、リボン?あ、これは店員さんが適当につけてくれたんだけど」

おかしいかな?と首をかしげる。別におかしくなどはない、がこれくらいはいいだろうかと自分に言い訳。別に祝ってやろうという気があったわけでも、有楽町や店員のセンスが悪いと言いたいわけでもない。多分それは、気まぐれというやつなのだ。偶然今日という日に、そんな話を本人としてしまったから、少し気になっただけ。花屋の店員に声をかけ、先ほどまで眺めていたリボン素数メートル切り取ってもらう。適当に巻いたそれを有楽町に押し付けると、意味がわからないとでもいうような表情を返される。

「こちらの色の方がいいだろう」
「…そう?俺はどっちでもいいけど…せっかくの好意だし、もらっておくよ」

好意ではない、ただの気まぐれだ。と、言うことも何となくできず。今日は残業できないんだと慌ただしく戻っていく背を見送り、今更に余計な事をしたような気になり、きょとんとした西武有楽町の頭を撫でた。





「仕事、終わったのか?」
「粗方は。明日に回せるのは残してきちゃいました」
「んー…今日くらいはいいか。主賓はお前だしな」

ひょこひょこと後ろをついてくる後輩は、自分より背も高いというのにいつまでたっても子供のような仕草が抜けない。これからケーキを食べるというのに、その口には棒付きキャンディーが咥えられたままだ。

「やっぱり今日もショートケーキですか?」
「お決まりだからな。他のが良かったか?」
「いえいえ。僕甘いもの好きですから」

何でも好きです、と目を細める表情は普段の人を揶揄う笑顔より大分柔らかい。捉えどころのない性格をしているくせに素直な時はとことん素直だから手に負えない。こんなにも手のかかる後輩が、馬鹿なほど、というのとは違う意味で可愛く見えたらおしまいだ。

「あれ、そのいつものと同じとこで買ったんですよね?」
「ん?そうだけど?」
「リボン、いつもと違いますね」
「お前、よくそんなとこ気づくなぁ」

2年の間にそれなりの人数の誕生日パーティーを行い、その度に見てきた同じ店のリボンはいつも同じ形に飾られていた。副都心がそれを見慣れていてもおかしくはないが、鋭いものだと内心感心する。昼に西武池袋から渡されたリボンをかけなおそうと思ったのだが、有楽町はそれほど手先が器用ではない。仕方なく東西に頼んでかけなおしてもらったのだが、さすがに元かかっていたのと同じ形というわけにもいかず、シンプルな蝶結びになっている。

「このリボンな、西武池袋がくれたんだよ。こっちのがいいだろうって」
「…あの西武池袋さんがですか?」
「そ。俺もびっくりしたんだけどね。せっかくくれるって言うからもらってきた」

落ち着いたブラウンカラーのリボン。あぁそうか、と今更気づく。

「お前の色だからか、これ」
「……」
「もらった時は意味分かんなかったけど…西武池袋からのプレゼント、ってことなのかな?」
「………先輩」

気付けば足を止めていた副都心を振り返ると、少し俯き気味で片手で口元を押さえている彼がいた。笑っているのだろうか。それもそうだ、あの西武池袋のなかなか見れないデレなのだから。

「あとでそのリボンください…」
「あぁ、いいよ」

小さく笑ってパーティー会場である事務所のドアを開けると、既に揃っていた面々が一斉に鳴らすクラッカーの音が弾けた。




卑怯だろう、そんなのは。他のどんなプレゼントより、たった一本のリボンの方が嬉しいだなんて。祝ってくれる先輩たちに失礼だからとてもじゃないが口には出せない。あぁでもどうしよう、こんなにも嬉しい。

金色の半分の世界の片隅で。茶色のリボンが他の何よりもきらきらと光って見えた。

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